
イギリス宗教改革と中央集権化
1509年:ヘンリ8世が即位する。
テューダー朝のイギリス国王。星室庁裁判所を設けて反抗する貴族を処罰する。
イギリス宗教改革を行う。
イギリス宗教改革の意義:君主による教会支配が確立し、絶対王政の基盤が整備される。
離婚問題で教皇と対立し、首長法(国王至上法)を発布してイギリス国教会を成立させ、
ローマ教会から独立した。
トマス=モアを処刑する。
理由:①王の離婚に反対した②『ユートピア』を著して囲い込みを批判した
議会立法で教皇が管轄していた修道院を廃止する(解散させる)
⇒修道院の土地財産を没収して競売にかける(ジェントリに払い下げる)
首長法(国王至上法):国王を教会の長とするイギリス国教会制度を定めた。
⇒財政基盤を強化し、ジェントリの支持を獲得する。
ヘンリ8世が整備した、身分の高い者を裁く国王直属の裁判所。
17世紀に王権乱用の象徴として廃止された。
貴族とヨーマン(独立自営農民)の中間に位置する社会階層。地方地主層。
身分的には平民。
1516年:トマス=モア、『ユートピア』を発表。
「羊が人間を食う」として囲い込みを批判する。
このころ、イギリスで第1次囲い込み(エンクロージャー)が進む。
牧羊のため地主が非合法的に開放耕地や共有地を塀で囲む。
背景:毛織物産業の拡大。
目的:羊を飼育する土地を確保すること。
1534年:首長法が発布される。
1535年:ヘンリ8世がトマス=モアを処刑する。
1536年:ヘンリ8世がウェールズをイングランド王国に併合する。
大ブリテン島の西部を占める地域。ケルト系の人々が居住していた。
1541年:ヘンリ8世がアイルランド王を称す。
大ブリテン島の西にある島。ケルト系の人々が居住していた。
ヘンリ8世がアイルランドに国教を強制する
⇒アイルランド(旧教・カトリック)とイギリス(新教・イギリス国教会)
の抗争が強まる。
1547年:エドワード6世が即位する。
1549年:エドワード6世がカルヴァン主義を教義面に取り入れた一般祈祷書を作成した。
意義:国教会の教義・制度が整えられた。
1553年:メアリ1世が即位する。
スペイン皇太子(のちのフェリペ2世)と結婚する。(スペインはカトリック国)
カトリックの復活をはかりピューリタン(新教徒)を厳しく弾圧した。
フランスに敗れてカレーを失う。
フランス北部の港市。百年戦争が終戦した際、唯一イギリスの領土となった地。
1558年:エリザベス1世が即位する。
ヘンリ8世とアン=ブーリン(2番目の妻)との娘。
①私拿捕船に特許状を与えてスペインの銀船団を襲わせる。
②東インド会社を設立する
③北アイルランド(アルスター)を王領とする。
1559年:国家統一をはかるため統一法を発布する。
意義:イギリス国教会体制が確立する。
カルヴァン主義を採用しているが、司祭(主教)制度を維持して礼拝や儀式は
カトリックに類似している。
国王を頂点とした主権国家の形成と新教国としての国民意識の形成が促進される
⇒イギリスの海外進出が始まる。
1559年:カトー=カンブレジ条約でフランスのカレー領有が正式に認められる。
1588年:イギリス海軍がドレーク(私拿捕船船長)やホーキンズ(世界周航者)の活躍で
スペインの無敵艦隊に勝利する。
1600年:イギリス東インド会社を設立して海外貿易を積極的に推進する。
特権的貿易会社。
当時「東アジア」とされた喜望峰からインド・マゼラン海峡にかけての貿易独占権を
付与された。
王権と結びついて特権を得ている商人がいるということは、
まだ「自由競争」が行われていないということである。
イギリス絶対王政の特色
- 枢密院中心の政治を行う。常備軍や官僚機構は整備しない。
- ジェントリ(郷紳)が地方行政と下院で大きな勢力をもち、議会は立法や財政上の権利を保持する。
イギリスで中産階級が成立する
毛織物工業が国民産業化する
⇒農村におけるジェントリ・上層ヨーマン(独立自営農民)や
都市における商工業者が中産階級を形成する。
以上が16世紀のイングランドです。
のちのイギリス史に影響を与えるビッグイベントが多いのでしっかり学習しておきましょう!